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内藤悌三郎さん |
− おいくつになられましたか。
内藤 大正6(1917)年生まれ、今年の9月で91歳。いい歳ですよ。(笑)
−鎌倉では最高齢のお医者さん?
内藤 現役の医者では私が最高齢ですね。
− 高齢で現役、その秘訣は?
内藤 それはありません。私は「健全な精神は健全な肉体に宿る」と小学校時代から徹底的に教え込まれてきましたが、肉体を鍛えればいいというものでもない。
際して体力を要する仕事は高齢けなると出来なくなる、衰えるのも早い。
それに比べ、知的職業は長命ですね。その筆頭格が神官・僧侶や絵描きさん。比較的自分のペ−スで仕事ができるからです。逆に、知的職業でも短命は医師や弁護士です。作家も余り長生きしない。なぜかというと、自分のペ−スで仕事ができない、請負仕事なんですよ。作家なども締切に追われる。医者も、患者があれば食事半ばでも救急に応じなければなりません。私も、ここで開業した頃は、午前中の診療が夕方5時までかかるというのは当り前でしたから。でも、いまは暇、診療も午前中だけです。今では内藤洋子(女優)の親父ですよといわないとわかってもらえませんから。(笑)
でも、よくオレは100まで生きるんと豪語して、冷水摩擦やらさまざまな健康法をやっている人で、90歳まで生きた人はあまりいません。
無理するのはよくないですね。天然自然がいい。逆に、「健全な肉体は健全な精神に宿る」というべきなのでしょうね。一番必要なのは気力・意欲です。
− 好奇心旺盛がいい。
内藤 好奇心が強いというのは、医学が本当の科学とは違って生活がついてまわる人間相手の臨床的な学問だからです。医学はどんどん変わりますし、その都度文献を読んだり、情報を得ないとついていけない。医者には免許皆伝が絶対無い。ということは、好奇心の強い人にはいつでもフレッシュな職業で、まだ現役だという自信にもつながるんです。
元来私は凝る方でね。歌舞伎は昭和12年、菊吉の全盛時代から見ています。去年はi3回も足を運びました。謡、鼓も大先生に習い、今も謡は弟子に教えています。俳句もやりますし、園芸、金魚も長いですね。
でも、聖路加国際病院理事長の日野原重明先生には驚きます。プラス思考のお手本ですよ。2年前の95歳時の著書に、階段を一つおきに上がると書いてあった。娘の洋子夫妻が先生宅を訪れた時も、夜の10時、11時になるからお暇しようとしても帰してもらえず、午前2時頃まで話をお聞きしてきたと言っていました。私に言わせれば怪物ですね。
− ところでここ(大町)に開業されて何年になりますか。
内藤 もう50年ですね。叔父から「悌よ、家が長いこと空いているので来ないか」と言われましてね。当時、清瀬に住んでいましたが、女房も当時流行の鎌倉夫人に憧れていたので、喜んで引っ越してきました。
かつてここは牡丹屋敷といわれ、歌人の木下利玄が住んでいたところ。鎌倉には文士が多く住んでいて、その住まいの跡も次々わからなくなっている。そこで、小島寅雄さんが市長のときに、文士の住居跡を示すプレ−トを作ったらどうかと提案し、ここも木下利玄屋敷跡にといったら、大賛成、やりましょうといってくれたのですが、結局実現しませんでした。残念でしたね。
− 今も町をバイクで走っているそうで、まだまだ元気。鎌倉の怪物ですね。
内藤 いやいや。バイクに乗るのは、深部静脈血栓でヨタヨタ歩きになったからなんです。それに、耳が遠くなっています。聴診器も最近は高性能の電気聴診器に頼っています。この間、高齢者運転講習に行き、目の検査をしたら、検査官にこの次の検査は落第しますよといわれました。あちこち悪い。
孫のミニダックスフンドを連れ散歩に行っても、ワン公にまでヨタヨタを読まれているんですから…。私は、日野原先生のようにはいきませんね。(笑)
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